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取材こぼれ話〜経営者編
人生を好転させる「利他」 塚越寛会長/伊那食品工業(於:長野県伊那市本社) |
経営者の取材をするとき、心がけていることがあります。それは周囲の人々と極力話をするようにするということです。
経営理念に関する取材ということも手伝い、経営者は哲学や理想を語られます。だけど、その理想が、はたして従業員の心にも届き、業務内容や言動に反映されているのか。そこを探るためには、周囲の人との会話が欠かません。
塚越会長のインタビューでは、従業員が土日の休みを返上して、自発的に会社の掃除や草木の手入れをするというお話が出ました。
取材後。秘書の方に、お話にも出た、手入れの行き届いたお庭や施設を案内していただきました。その日はあいにくの雨。傘の向こうの彼女に私は尋ねました。「休みを返上してというお話伺いました。でも、にわかには信じがたいんです。休日って会社から解放される唯一の時間ですよね」。秘書の方はこうおっしゃいました。
「私も入社当初はそう思っていました。これが慣例なんだったら、しかたないかなって。でも、秘書をするようになって気づいたんです。塚越のそばにいると、人生が好転するんです」
雨の音が消えたような気がしました。人生が好転する…?
「私、大学が東京だったから、友人は皆東京で勤めてるんです。会ったら、よく会社の話をするんですけれど、そのとき他のコたちの会社とウチの会社って、ゼンゼン違うんですよ。守ってもらっているっていうか。安心して働けるんです。そういうのも休日出勤しても苦にならない要素かもわかりません」
こんな気持ちで働いてもらえることを、全経営者は望んでいることでしょう。どんな魔法をかければ、そうなるのか。
取材最後の質問として、私はこんなことを伺いました。「経営の秘訣を一言で言うとなんでしょう」。すると会長は「先生はなんだと思われますか?」と逆に聞かれました。
事前に会長のご著書を数冊読んでいました。講演でお話も伺っていました。おそらく「感謝」とおっしゃるんじゃないかと推測し、私は「感謝ですか?」と答えました。
会長は「それも大事だね。だけど一言でというなら、僕は『利他』だと思いますよ」とおっしゃいました。
終身雇用が崩壊した現在にあって、終身雇用を貫いているのが伊那食品です。でも、終身雇用だから必ずしもコミットメントが高まるというものでもないでしょう。その制度や組織を支える底辺に流れている考え方が「利他」であるということ、そこに私たちは、あらためて学ぶべきものがあるような気がします。
その日、伊那地域では一日中、雨が降り続きました。取材をした私さえもが、なんだか会長の魔法にかかったようで、今まで降り積もった溜飲が、雨とともに流れ落ちていくようでした。
利他は実践あるのみでしょう。そして、それができれば自分の人生が好転していく。人の本質に触れることを教えていただけたと思っています。
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