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ほろ酔いだっこ2003

 
 「努力」のカードを捨てほしかった7色の幸福を!の巻

頑張るだけの人生。ただ、ひたすら努力の人生。もしかして、私はそんな星の
もとに生まれたんじゃないだろうか。そんなことを思うことが、ときどきあります。現に今も。なんだか、なーんにも楽しいことがナイ!

思い出されるのは、遠い日の風景。幼稚園のとき、父親参観日がありました。

「子供さんにプレゼントするつもりで、お皿に絵を描いてください」先生はそう言って、小皿を一人一人父兄に手渡していきました。

父親の描く絵を、のぞきこむ子供たち。みんな「えっーー、この絵、ヘン」などと言い合いながらお父さんと笑いあっています。私の父はというと、絵など描かず、黙々と文字を書いているではありませんか。笑うに笑えません。

できあがった小皿を見比べて、私は大いにガッカリしました。本当に、本当にガッカリでした。みんなの小皿には、花や星や風船といった、いかにも夢のある絵が、色とりどりに描かれています。なんだか小皿をもっただけで、ウキウキ駆け出しそうな雰囲気です。

それにひきかえ、私の父が書いたもの、それは「努力」という文字でした。しかも、使っている色はブルーと紫の2色だけ。幼い子供にプレゼントするお皿からはほど遠く・・・。

鉛筆より重いものをもったことがないよう父が書いたものは、「努力」。その絵皿を数十秒、凝視した私は、もうそれ以降、見ることはありませんでした。

だけど、口惜しいのが、今の私は父の書いた「努力」だけを、取り柄とするような人生を送っているのではないかということです。まるで父が暗示でもしていたかのように。

昨年、ひたすら論文を書いているときにも、チラッと思ったことがあります。人は生まれてくるときに、一枚のカードを引くんじゃないかと。そこには人生のテーマが書かれていて、私の引いたカードは「努力」。

「愛」とか「夢」とか、そんなカードもあったはずなのに、私はなぜか、そのカードを引いて、そして、明けても暮れてもこうして机の前に座っている。

ううん、そんなことない!書き終えたら、きっといいことがある!そんな騙し騙しの気持ちを持ち続け、それでも机に向かいました。

だけど、ほぼ一段落して、今、私、ちっとも楽しくないんです。絶望的な感情が心のなかに、ぐるぐるうごめいて、頑張っても、こんなものかーというような失意にさいなまされています。

小皿に書かれた文字も、生まれたときに引いたかもしれないカードも捨てて、違うカードを引きたい。

阪神大震災から10年を迎えたその日の朝、降り続いていた雨があがり、神戸には虹がかかりました。虹よ、かかれ!私の心に、人生に。幼稚園のときに欲しかった、7色の幸福が、どうぞ静かに舞い降りますように。



まさこの今

競争社会の波に乗ったのか、乗せられたのか。成功するためには、目標を立て、努力して、つかみとる。予定調和的に、努力すれば報われるはず。そんな図式が私の頭のなかにはありました。知らず知らずのうちに、体に心に、その価値観は組み込まれていたのでしょう。それは、若いときには大切なことかもしれません。

でも、努力しても手にできないものもあれば、努力しなくても手にできるものもある。望みもしなかったのに、気がつくと、そうなっていたということもあれば、喉から手が出るほどほしかったのに、ならなかったこともある。

そんなことを、いくつも経験して気づいたこと。それは「なっても、ならなくても、どちらでもいい」ということ。肩肘張って、形にすることだけに重きをおいて努力をするから、むなしいんだということ。

なんだか、、、やっと、そう思うようになりました。

ただそうは言っても、残念ながら、私は「努力」はキライではありません。でも、したいからする。気がついたらしている。そういう気楽な楽しい努力を、していこうと思っています。したくないときは、したくない自分を認めながら。それもOKと、よしよししてやりながら。

もう自分にムチ打つことはしません。おそらく、なるものは満を持して、なるはずだから。


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