14歳のある日、学校の帰り道に、にわか雨にあいました。古ぼけた学生アパートの軒下に駆け込んだものの、雨はひどくなる一方で、たたきつける雨を見つめながら、私は途方に暮れました。
「よかったら、この傘使って」
そのとき背後から声がして、驚いて私は振り返りました。そこの住人らしい20歳ぐらいの女性が傘をもって、たたずんでいます。静かな笑顔の美しい人。彼女の着ている白いブラウスが、暗い通用門に光を投げかけたかのように、一瞬あたりが明るく見えました。
帰り道、広げた傘を眺めながら、いつか大人になったとき、あんな女性になりたいと、繰り返し思ったことを覚えています。
彼女の年齢をはるかに超えた今でも、雨が降ると思い出す「大人のおねえさん」。
大人になれば、日々もっと静かに、もっと豊かに、時間が広がっていくと感じていました。だけど、いくつになっても、いたらないことやできないこと、あわてたり落ち込んだりすることが数多くあります。中学生のあの頃のほうが、ずっと大胆で、しなやかだった気さえするのは、私だけでしょうか?いつまでたっても憧れのおねえさんを超えることはできません。でも、年齢を重ねてよかった。
キティちゃんの便箋にお礼状を書いて傘の柄に結びつけた14歳の私は、物書きになりたいと思っていました。その夢に、少しでも近づけたことが、とてもうれしいから。
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まさこの今 |
見た瞬間に、きれい!と心が止まった女性が、今までに3人います。雨の日のおねえさんは、そのうちの1人です。
3人に共通しているところは、柔らかな笑顔と、清潔な物腰、そして凛とした、たたずまい。私がなりたい女性像といえるでしょう。
だけど、鏡の自分を見ると、そのほど遠さが口惜しくて。思わず目を閉じてしまいます。目を開けたとき、あんな人になっていますようにと、魔法の言葉でもつぶやきましょうか。
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