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 言葉のチカラ

恋はせつない その1

(ワインの)コルクには、一つ一つにマーヴの丸みをおびた文字で言葉が添えられている。二人で特別な食事をするたびに、ポケットからボールペンを出して書くのだ。

アオイにマーヴ。
たくさんのキスをこめて。
アオイに。クリスマス1996。

私はそれを一つずつ読んで、ときどき鼻先へもっていって匂いをかいでみる。コルクはもうワインの香りをとどめてはいず、ただ乾いたやさしい匂いがするだけだ。(中略)マーヴと共にした幸福な出来事、その一つ一つ、そのつどのワイン。読みながら、私はゆっくりと東京をおしやる。胸の奥の闇のなかに。

アオイにマーヴ。
アオイに。新年おめでとう。
アオイに。愛をたくさんこめて。

目を閉じて小さく息を吐く。コルクを壜に戻し、きっちりふたを閉めて棚にしまった。阿形順正は過去だ。肩までとどく髪も、かたちのいい鼻も、私をじっと見る澄んだ目も。私は水を飲み、台所の電気を消した。マーヴの寝る寝室にひきかえす。



江国香織(2001)『冷静と情熱のあいだ』角川書店


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