スペインを旅したときのこと。一緒に行った友人とその日、別行動をとりました。
私が目指したのは、アランフェス。ギター協奏曲の先駆けともなったロドリーゴの名曲、アランフェス協奏曲に心惹かれ、どうしても行きたかった町です。
マドリッドから電車で40〜50分。アランフェスに着いて思ったことは、他の町ほどには、特に見所がないということ。あるのは、全部見ようと思うと数日はかかりそうな王宮と庭園だけ。でも、それがかえって気ぜわしくなくていいなぁと感じたことを覚えています。
いいなぁの元をたどれば、私が行った7月〜8月は、40度を超す暑さが続いていました。歩いていると、水の如く汗が流れてくるのに、体の内側はカラカラと乾燥してくるのがわかる、そんな連日の暑さと疲労。そしてその日もうだるように暑い!もう、何かを見るとか、するという意欲が、ほとんど湧かないのが現実でした。
しばらく庭園を歩いた後、駅近くの噴水に放心状態で足を浸していたとき、どこからともなく現れた1人の女性に声をかけられました。
「日本の方?」
声のするほうに顔を向けると、丸顔で、長く豊かな黒髪の女性が微笑んでいます。「1人旅?」と彼女。「今日だけ1人旅です。あなたは?」と私。「フライトの合間です」。あぁ、どおりで。きれいな人。美しい言葉で話す彼女は、いわゆるスッチーではなく、品性を備えた客室乗務員といった感じの、自立した印象を与える女性でした。
私たちは意気投合し、夕食をマドリッドでとることに。私は、その国の食べ物を食べることが、文化を共有するひとつの所作と考えているので、海外に行ったときは、和食は食べません。ところが彼女が連れて行ってくれたお店は、日本食のお店でした。日常茶飯事、日本と海外を行き来すると、私のようなこだわりはなくなるのかもしれないと、妙に感心したものです。
彼女は屈託なく、よく食べ、よく飲み、よく笑い。仕事のことや、ボーイフレンドのこと、東京でのパーティーのことなど、あれこれ話していました。柔軟で楽しい発想…。彼女の黒いまなざしと、白いTシャツがよく似合う少し浅黒い肌を見つめつつ、女性の生き方には、本来多くの選択肢があることに、気づかされました。
遠い夏の日のアランフェス。たった1日だけ出向いた旅行者に、スペイン市民戦争で傷ついた気持ちを音にしたロドリーゴの想いや、アランフェスの真髄など、とてもわかるものではないのでしょう。
そして、そこで出会った美しい女性。
なぜか私は、彼女は客室乗務員ではなく、高級娼婦のような気がしてならないのです。
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