美しい砂浜が広がるベトナム随一のビーチリゾートのニャチャン。宿泊はバギーでヴィラまで連れて行ってもらえる五つ星ホテル。ゆっくりしようと思っていました。
ニャチャンに到着してまだ間もない私たちは、ホテルがサービスとして出しているシクロ(人力車)に乗り、まずはニャチャンの町のアウトラインをつかもうと考えました。
シクロにはホテルの名前が書かれています。日本では2人乗りが一般的ですが、あちらは1人乗り。友人と別れ、それぞれ別のシクロへ。先頭を切って走っているのは私のシクロです。美白・命の私は、体も荷物もすっぽりショールに包み、だるま状態。反面、彼女はお気に入りの風景があれば、それをカメラで写したり、自由でのびのびとシクロを楽しんでいる様子でした。
途中から彼女のシクロが前を行くようになりました。そして、しばらくすると、後方からバイクの二人乗りが、妙にシクロに近づいて来たと思ったら!彼女のバッグを取り上げようとしました。その瞬間、シクロはバランスを崩し、彼女が宙に舞う姿が目の前に!そして、シクロごと歩道に横転。それは一瞬のできごとでした。
私もシクロから降り、彼女のもとへ走り寄ります。彼女は倒れたまま動きません。しっかりと、荷物を片手にもっています。私は気が動転してしまいました。シクロの運転士に頼み救急車を呼んでもらい、気がつくと病院にいたという状態でした。
病院といえども、日本と比べれば明らかに不衛生です。いつ取り替えたかわからない血のついたシーツ。子供の泣き声と、鼻をつくような消毒薬の匂い。異国の日本人を好奇の目で見ながら人びとが通り過ぎていくなか、小さな丸椅子に腰掛けながら何時間も結果を待ちました。
診察後。「腕の骨が折れただけだ。しかも単純骨折」と医師は説明をしました。幸いそれ以外に別状はありませんでした。
私たちはホテルに戻り、旅行社に帰国の準備を依頼し、フランス人の支配人と話をしました。五つ星ホテルの支配人とは思えない、「ホスピタリティマインド」の欠落した人。ただ彼女は驚くほど毅然と、自分たちの権利を主張していました。私を気遣ってくれてのことでしょう。
その後、海辺のテラスで簡単な食事を。真っ暗な海から聞こえてくる波の音を聞きながら、私はまだ緊張感が抜けずにいました。
後で知った話ですが、ベトナムのシクロほど悪名高きものはないそうです。なかには「シクロ・シンジケート」という犯罪組織さえあるとのこと。考えてみれば、すべてが仕組まれていたようにさえ思われます。デカデカとホテルの名前が書かれたシクロ。運転士はなぜ、誰と、無線でやりとりをしていたのか。
もともと私が狙われていたのかもしれません。だから先頭を走っていたのです。だけど、手も足も出ていない状態だったので、途中で入れ替わった。犠牲者は私だったかもしれないと思うと、とても人ごとではありませんでした。
海外に行くとき、日本人であること、オンナ子供であること、それは軽く見られる要素だと、いつも心しているはずでした。でも、ビーチリゾートの開放感と、「五つ星ホテルのシクロだから大丈夫」という安易な安心感があったことを、反省させられました。
旅は危険と隣り合わせにあることを、あらためて教えられた経験でした。
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